RODUCTION NOTE
スイスの鬼才
ミヒャ・レビンスキー監督
独占インタビュー
- Q『まともな男』のテーマは何ですか?
- A
この映画は、ある1つの質問を中心に展開する。「自分が犯したわけではない犯罪に気付いたとき、人はどうするか。どの時点でただの傍観者ではなく、共犯者になるのか。」この題材で僕の心から離れなかったのはこの質問なんだ。この質問は多くの人に関わりがあるものだと思う。僕自身が犯罪の被害者や加害者になる可能性は比較的低い。でも僕たちが犯罪に遭遇する可能性はある。だからこの映画は興味深いものになる。「どの時点で人は共犯者になるのか?」という問いに、こう答える人がいる。「知ってしまった犯罪に抵抗せず、常に罪悪感を感じるようになったときだ」と。
- Q深刻そうですね…
- A
この映画で僕らは人のいい男が負のスパイラルに陥っていくのを目の当たりにする。彼はただ楽しい休暇を望んでいただけなのに。楽しい休暇を望まない人なんていないだろう? 男は安らぎを求めていた。でも実際に起こったのは、悲劇だ。観客の口元にあった笑みは消えてなくなるかもしれない。「トーマスは争いを望まない、よくいる男だ」と言われたことがあるよ。彼が経験することは、あまりにもひどいことばかりだけどね。僕は間違ったことばかりしてしまうこの主人公に感情移入してしまうんだ。彼は衝撃的な映画の内容を伝える1つの要素になっている。
- Q『まともな男』の発想はどこから?
- A
最初のアイデアは6年前に思いついた。その時のことをよく覚えているよ。ベルリンの街なかを自転車で走っていたんだ。すると突然アイデアが降りてきた。衝撃を受けたよ。完璧なアイデアがパッと降りてきたからね。道路のわきに自転車を止めざるを得なかった。まるで消防車に追われた後かのように、ひざが震えていたよ。大げさに聞こえるかもしれないけど、本当にそうだったんだ。あっという間にアイデアを書き留めて、それからそのことは忘れてしまった。
- Qなぜ忘れてしまったのですか?
- A
僕の前作の長編映画『Will You Marry Us?』は好評だった。驚くほど多くのお客さんが劇場に足を運んでくれた。スイスだけでなく、ドイツやオーストリアでもね。喜ばしいことなんだけど、その反面、似たようなロマンス映画のオファーをたくさん受けたんだ。もちろんうれしかったし、すべてのオファーを真剣に考えたよ。時間がかかる作業だった。それからロマンスの翻案を書いたり、コメディの案を練ったりしたけど、結局予算を確保できなかった。その頃、私生活にも大きな変化があったんだ。僕は2人の子供の父親になった。つまり、『ウィル・ユー・マリー・アス?』から5年が経ち、僕は疲れ果てていた。新しい映画の計画があるわけでもない。実は映画を作るのをもうやめようかとも真剣に考えていた。その時に、この物語を思い出したんだよ。
- Qそれから脚本を書き始めたのですか?
- A
いや、デーヴィトが電話をくれたんだ。僕らは他の仕事で面識があった。彼は僕の古い作品を見てくれていて、感想を伝えてくれたんだ。そこで彼に「『まともな男』の主役をやらないか?」と聞いてみた。デーヴィトは役者として素晴らしいと長年思っていたし、役にもぴったりだと思ったからね。彼は快諾してくれたよ。これで主役にすばらしい俳優が決まった。でも脚本がない。もう後戻りはできない。脚本を書くしかなかった。だから書いたよ。それも数週間でね。それから資金調達を始めたんだ。
- QプランBと仕事をするようになったきっかけは何ですか?
- A
デーヴィト・シュトリーゾフは売れっ子で忙しくてね。脚本を書き終えたのは夏の終わりで、デーヴィトが撮影の時間を取れるのは次の春までだった。つまり、すぐに始めるか、その次の冬まで撮影を待つかだった。僕にとっては思いも寄らないことだったけど、本当にやりたかったんだ。でもそんな短時間で映画の製作費を調達するのは不可能だった。ベテランのプロデューサーたちからは「やめておけ」と言われたよ。それなら若手のプロデューサーと組むしかないと思った。型にとらわれない人とね。そのとき、プランBのHC・フォーゲルとはまだ面識がなかった。でも彼ならぴったりだと思ったし、実際にそうだった。あっという間に資金を調達してくれたから、撮影を始められた。ドイツ語公共放送局もすぐに協力してくれて、このプロジェクトを実現する重要な役割を担ってくれたんだ。
- Qそして撮影が始まった?
- A
やることはたくさんあった。でもとても楽しかったよ。予算が限られていたから、若手のスタッフが集まった。そのおかげで仲良くなれたよ。真夜中に気温が氷点下になる雪山で撮影をしたけど、不満を言う人はいなかった。デーヴィトも様々な環境に慣れていたこともあって、初めから協力してくれた。彼専用の控室があるわけでも、衣裳部屋があるわけでもなかったのにね。彼はいつでも先頭に立って、みんなのやる気をかき立て、最後は積荷まで手伝ってくれた。誰にでもできることではないよ。
- Qなぜ撮影地にプレッティガウを選んだのですか?
- A
ラントクワルトとダヴォスの間には、暗い側面を持った谷がある。スイスの過酷な現実を抱えた谷がね。交通量や灰色の坂道が象徴的だった。一方で雪に覆われた山の頂上やスキースロープは明るい側面だ。この二面性に惹かれた。休暇中の理想と現実が隣り合っている。それにプレッティガウでは温かく迎え入れてもらったよ。この谷のおかげで撮影することができたんだ。
- Qジェニーとザラを演じた2人の少女とはどうやって出会ったのですか?
- A
まずはドイツとスイスで、広範囲に渡って募集をかけたんだ。ケルンでロッテ・ベッカーに出会ったよ。当時15歳だった。彼女の堂々としたふるまいと熱意が印象に残ったんだ。ザラを演じたアニーナ・ヴァルトとは、スイスで出会った。彼女はすでに『タートオルト』シリーズやチューリヒにあるシャウ・シュピールハウス劇場で演技をしていた。撮影中は17歳だった。すばらしい才能を持っているよ。女優としてさらに演技を極めていけば、これからもっと彼女をみる機会は増えていくよ。それには自信があるね。
- Q他の役はどうですか?
- A
マレン・エッゲルトはベルリンにあるドイツ座のスターだ。映画を見てみれば、その理由が分かるよ。限られたシーンの中で伝えなくてはいけないから、彼女の役は難しいものだった。そこに存在していているようで、存在していない。そういう極めて微妙なバランスが必要な役だ。マレンはそれを見事に表現してくれた。彼女が演じてくれてよかったよ。もちろん、他の役者たちにも感謝している。マックス・フバッヒャーは『The Foster Boy』に出ているから、多くの人が知っている。好ましいとは言えない青年をどう演じるべきか、彼は心得ていた。彼の父親役のステファヌ・メーダーは、はつらつとした人物だ。これまで彼は舞台を中心に活動していたけど、きっと将来的には多くのスイス映画に出てくれると思うよ。オリアナ・シュラーゲとビート・マルティとは、『Will You Marry Us?』で仕事をしたことがあった。また一緒に仕事ができてうれしいよ。
- Qこの映画に望むことは何ですか?
- A
まずは『まともな男』を見てもらうこと。映画祭やもちろん映画館でね。少ない予算で作られた映画だけど、たくさんの情熱が詰まっている。僕にとってこの映画は、過去の自分から解放させてくれる作品だった。今までの映画とは違うけど、それでも僕の一部なんだ。このエネルギーを感じてほしい。それにこの作品は、観客を考えさせる映画なんだ。見た後にバーでお客さんに会えたら最高だと思う。たぶん語り合ったり、自問自答したりしているんじゃないかな。「この男に起きたことが自分に起こったら?彼はどうすべきだった?自分だったらどうする?」ってね。
貴重なお話ありがとうございました!
監督・脚本:ミヒャ・レビンスキー 主演:デーヴィト・シュトリーゾフ(『ヒトラーの贋札』2007年、『厨房で逢いましょう』2006年)
2015年/スイス/原題:Nichts Passiert/ドイツ語/カラー/シネスコ/5.1ch/92分/日本語字幕:二階堂峻/配給:カルチュアルライフ/後援:スイス大使館